なぜ日本のGIに参戦する外国馬が増えたのか? 遠征に繋がる“大きなファクター”を解説

2024年11月20日(水) 12:00

ジャパンCの3頭に共通する背景とは

 日頃は筆者自身が題材を選んで書かせていただいているこのコラムだが、年に2〜3度、編集部様の方から、「このネタを解説して欲しい」との宿題をいただくことがある。これは非常にありがたいことで、競馬ファンが今、知りたいことは何なのか、見失わないように心掛けていても、見失うこともあるからだ。

 今週のジャパンCに、3頭の欧州調教馬が参戦する。先週のマイルCSにも英国調教馬が1頭いたし、9月のスプリンターズSにも香港調教馬2頭が来てくれた。そして来週の阪神JFにも、米国からの参戦がある。「なぜ今年、外国馬が増えたのか」その背景にあるものを解説せよ、というのが、今回頂いた宿題だ。

 そこには、根底にある共通の理由もあれば、遠征馬各々が持つ背景もあると思う。

 まず、東京競馬場を舞台としたジャパンCの場合は、東京競馬場の内馬場に検疫施設が出来たことが、何よりも大きなファクターだと見る。2021年まで、ジャパンCに出走する外国馬は、千葉県の白井にある競馬学校で丸5日間にわたる入国検疫を受け、その後に東京競馬場に移動していた。これが、国外の調教師さんたちには不評だったのだ。

 馬は、環境の変化に敏感な動物である。日本に着いて競馬学校に入り、競馬学校という新しい環境にようやく慣れた頃合いに、東京競馬場に移動して、また新しい環境への順応を強いられる。そのストレスが、馬の精神状態にはよろしくない。だからジャパンCに馬を連れて行くのは、二の足を踏んでしまうという話を、複数の調教師さんから耳にしたことがあった。

 これが、2022年から、空港に着いたら直接東京競馬場に入れるようになったのだ。動物検疫というのは様々な制約があって、東京競馬場にあった従来の国際厩舎が検疫場所としては使用できないため、JRAが知恵を絞った上でたどり着いた結論が、内馬場に検疫場所を作るという解決策だったと聞く。

 懸案事項の1つが、ジャパンCの前週に東京競馬場で行われる開催時の、歓声をはじめとした”音”をどう遮るかにあったが、様々な対策を講じたことで、競馬開催時でも国際厩舎は静かな環境を保つことが出来た。

 この新国際厩舎が、実際に使用した関係者から、すこぶるつきの好評を得たのだ。そうした評判が関係者の間で広がったことが、今年の、トップホース3頭の来日につながったことは間違いない。

 賞金の増額も、見逃せない要素だろう。2023年からジャパンCの1着賞金は5億円になった。10年前の2014年は2億5千万だったから、単純に言って魅力倍増だ。

 これに加えて、各国主要競走の優勝馬に対して用意されている褒賞金もある。世界各国に高額賞金競走が乱立する時代を迎えているが、現在のジャパンCの賞金水準は、充分に魅力的である。

 もちろん、賞金を積んだだけで、各国関係者の気持ちが変わったわけではない。外国馬の勧誘活動は、ロンドン、パリ、ニューヨーク、香港、シドニーにあるJRAの海外駐在員事務所の職員の方が中心になって行っているが、こうした職員の皆様がそれぞれの地元の関係者の方々と、良好な関係を築きつつ来日の勧誘を行う場面を、筆者も何度も目の当たりにしている。馬主さんや調教師さんと、時には個人的な関係を持ちながら、信頼を得て、遠征に漕ぎつけるまでには、なまなかではない労力と時間が必要だ。勧誘に携わる人々の「人間力」も、遠征馬増加の大きなファクターである。

 さらに、様々な機会を通じて日本との関係を深めている海外の関係者が増えていることも、見逃せない事実だと思う。例えば、オーギュストロダンを送り込んだクールモアは近年、日本で供用されている種牡馬を交配すべく、所有する繁殖牝馬を日本へ送るということを継続的に行っているし、セレクトセールにも、毎年のように参加している。

 チャリンを管理するロジャー・ヴァリアン調教師も、セレクトセールの常連だ。日本調教馬が英国遠征する際は、ヴァリアン厩舎の一角を拠点とすることがしばしばあり、多くの日本人ホースマンと交流がある。言わずもがな、ヴァリアン夫人は日本人で、ニューマーケットを訪れる日本の関係者が、どれだけお世話になっていることか。

 9月のスプリンターズSにムゲンを送り込んだピエール・ン調教師は、若い頃から日本に興味を持ち、ニューサウスウェールズ大学で日本文化を専攻した経歴を持つ。あるいは、6月の安田記念に出走したロマンチックウォリアーの馬主ピーター・ラウ氏は、「日本城」という名称の小売業を世界展開している人で、本業において日本との強い結びつきを持つ。

 こういう関係者にとって、日本は心象的に近い国となっている。

 ジャパンCに参戦する3頭に関しては、さらに、各馬の適性も重要視された。オーギュストロダン(牡4)は、乾いた馬場でこそ本領を発揮すると言われている馬だ。ヨーロッパの秋は馬場が乾きにくく、仏国の凱旋門賞ウイークにしろ、英国のブリティッシュチャンピオンズデーにしろ、10月に行われるビッグイベントは重馬場になる確率が非常に高い。昨年は、9月の愛チャンピオンSが終わると、米国のBCに出向いたオーギュストロダンが、今年は日本のジャパンCを選択してくれたわけだ。

 ゴリアット(セン4)は、Good to Firm という欧州では硬めの馬場状態で行われたキングジョージ6世&クイーンエリザベスSを快勝している馬だ。ファンタスティックムーン(牡4)も乾いた馬場がよい馬で、重馬場となった10月の凱旋門賞では、陣営が直前まで出走取り消しを考慮していた。

 すなわち3頭は、いずれも東京競馬場の馬場に適性があると見込まれた馬たちなのだ。芝のトップホースの中で、クイックなグラウンドを好む馬が、秋の目標としてジャパンCを選択する機会が、来年以降も継続的に見られることが期待される。

 馬場適性というのも、遠征してくる各馬が持つ固有の背景の1つに入るだろうが、それ以外にも個々の事情はある。

 例えば、来週の阪神JFに参戦を予定している、米国調教馬メイデイレディ(牝2)。同馬は、10月4日にキーンランド競馬場で行われたG2・ジェサミンS(芝8.5F)の勝ち馬で、11月1日にデルマー競馬場で行われたG1・BCジュベナイルフィリーズターフ(芝8F)で2着になった馬だ。つまり、芝のマイル前後に適性のある馬なのだが、こうしたタイプの2歳牝馬(明けて3歳牝馬)が目指すべきメジャーなレースが、米国には夏まで組まれていないのである。自国に適鞍がない中、日本にあった適鞍が阪神JFだったわけだ。

 来日する外国馬が増えたのは、様々な要因が相まった結果と言えそうだ。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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