2025年09月18日(木) 12:00
このところ打合せがつづき、しゃべりすぎて喉が痛い。直近の打合せは、初めて仕事をする季刊誌『kotoba』の2人の編集者とのものだった。12月発売の冬号で「競馬を読む」というテーマで100ページほどの大特集を組むことになり、私も書くことになった。8〜10ページで、〆切は10月20日。
その前日、スポーツ誌『Number』の競馬特集の打合せがリモートであった。私が担当するのは確か4ページと3ページの2本で、〆切は9月の終わりか10月の初めだったと思う。
10月から週イチの連載が始まるので、その準備で忙しいと言っておいたのに、結構な分量を依頼された。忙しいと言えば言うほど仕事を頼まれるのだから妙なものだ。
「俺たちの仕事は暇で食えなくなって死ぬやつはいても、忙しすぎて死ぬやつはいない」
そう言ったのは馬主作家の浅田次郎さんだっただろうか。確かに、作家の過労死というのは聞いたことがない。〆切という、他人が決めたもので、絶対的な強さを持つものに追われるプレッシャーがあって、それが重なり、労働時間が長くなって「死にそうだ」と言っても、結局生きている。
やはり、人に使われている立場ではないから過労死とは無縁なのか。実際は、版元と読者というクライアントに見放されたらおしまいなので、立場はけっして強くないのだが、それでも生きている。
「ホウオウ」の冠で知られる馬主、小笹芳央さんの著書『モチベーションドリブン』で、働く人間が仕事で何を得て満たされるのかを考えさせられ、そんなことを思った。
SNSが盛んになってから「承認欲求」という言葉がよく使われるようになったが、そのほか、誰かのために役立っているという「貢献欲求」、以前と比べてこんなことができるようになったという「成長欲求」、良好な人間関係のなかで働きたいという「親和欲求」といった、感情を満たす報酬のことを小笹オーナーの会社では「感情報酬」と呼んでいるという。働くことで得られる報酬の代表的なものは「金銭報酬」と「地位報酬」だったが、特に今の時代は、「感情報酬」が大切だというところを読んで、なるほど、と思った。
確かに、書く仕事というのは、忙しくなればなるほど「感情報酬」が大きくなる性質を有している。原稿用紙30枚の連載小説1回分を書くのに、ひと晩で仕上げたほうが、取材や調べ物をしながら1週間かけるより時間あたりの「金銭報酬」は大きくなるわけだが、それは必ずしも「感情報酬」に比例しない。
『優駿』に連載している「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」で、エイが夫の藤七と北海道に牛を買いに行く予定だったが船舶事故のため青森で足止めを食らい、結局、岩手の小岩井農場を訪ねることになり、そこで生産された牝馬を買ったという1ページほどのシーンのために、その牝馬の売買記録を小岩井農場に照会したり、エイたちが乗ろうとした青函連絡船を特定すべく資料を引っくり返したり、国会図書館に何回も行ったりと、1週間以上かけた。非常に効率が悪く、ほかの仕事もあったので睡眠時間を削ることになったが、それでもピンピンしているのは、「感情報酬」が大きかったからだろう。
手前味噌がつづいて恐縮だが、「一代の女傑」のセルフライナーノーツを『現代ビジネス』に寄稿した。本作を読んでいない人でも楽しめるようにしたので、そちらも見てもらえると嬉しい。
JRAの運営審議会委員をつとめている日本画家の宮下真理子さんが相馬野馬追の騎馬武者たちを描いた作品が、東京美術館で開催されている院展で展示されている。神旗争奪戦の勇壮なシーンだ。作品の高さが大人の背丈ほどもある。取材後、見に行こうと思う。
10月10日からは、「コビさん」こと小桧山悟元調教師の引退記念写真集を製作するなどした馬の画家、斉藤いつみさんの個展「花を馬のたてがみに」が、東京都江東区のギャラリーダイジロで行われる。
「天高く馬肥ゆる秋」であり、「芸術の秋」である。なのに熱中症に気をつけなきゃならないのは変な感じだが、ともかく、頑張ろう。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナー写真は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所
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