【ハイセイコー物語】入厩/第3話

2025年10月21日(火) 12:00

■前回まで

新冠の武田牧場で生まれたハイセイコーは当歳時から評判馬だった。ハイセイコーは大井競馬場への入厩が決まる。一方、武田牧場の跡取りの武田博光は、英国ニューマーケットで運命的な出会いをしていた。

 ハイセイコーは、旧2歳だった1971年の9月、東京都品川区の大井競馬場の伊藤正美厩舎に入厩した。

──こいつはちょっと抜けているな。

 騎手の高橋三郎は、初めてハイセイコーを前にした瞬間、特別なものを感じた。ほかの2歳馬と比べて馬格がまるで違うし、全身から漂う「気」のようなものにも重厚感がある。

 馬房に入れたまま、素手やタオルで馬の背中をこするなどして、鞍を置く準備をする。そうした馴致(じゅんち)も騎手たちの仕事だった。

 ハイセイコーの馬体に触れ、体温を感じながら、高橋はこの馬の母ハイユウの乗り味を思い出していた。ハイユウにもデビュー前から跨り、レースでも騎乗していた。気性が激しく、難しい馬だったが、その激しさをレースに行ってからの爆発力に転じさせ、800mと1200mでレコードを叩き出していた。

 束ねた寝藁を首の付け根から優勝レイのようにかけ、それでおとなしくなったら、馴致は次の段階に進むことができる。

 最初は裸馬の状態で、次に鞍を付けて厩舎のなかで跨るようにしたのだが、ハイセイコーは暴れてなかなか人を乗せようとしない。

──お前、そんなところまでお母さんによく似ているな。

 高橋は苦笑した。が、後ろ脚で立ち上がったり、尻っ跳ねしたりするときに見せるバネは、とてつもないスケールを感じさせた。

「おい、辻野、お前も乗ってみろ」・・・

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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