「馬の脚」と菊花賞の賞金

2025年10月23日(木) 12:00

 先日、「競馬と文学」というテーマで25枚ほどの原稿を書いた。そのとき読んだ資料に、競馬を題材とした小説として、芥川龍之介の短編「馬の脚」(大正14年『新潮』)が紹介されていた。

 芥川が競馬を題材にした小説を書いていたとは、驚いた。実際、「馬の脚」を読んでみたら、もっと驚いた。

 どんな作品かというと、だ。

 忍野半三郎(おしのはんざぶろう)という、たいしたことのない男がいた。北京で働いていた半三郎は脳溢血で死んだ。が、彼は自分が死んだことを知らずに過ごしていた。すると、両脚が腐ってしまったので、死んだばかりの馬の脚と付け替えた。半三郎の脚は勝手に動き出したり、凄まじい脚力を発揮したり、それを見た妻に驚かれたり……という話である。

 どこからどう読んでも競馬小説ではない。

 幸い、とても面白かったので「俺の時間を返してくれ」という気持ちにはならなかったが、もし資料を鵜呑みにして「競馬小説」として紹介していたらと思うとゾッとした。「馬の脚」は、ネットの「青空文庫」でも読むことができるので、興味のある方は、どうぞ。

 その少し前、ある版元の「発注システム」という送り主から、あなたにこの原稿をいくらで依頼します、と明記したメールが届いた。その版元とは30年以上前から付き合いがあるのだが、そんなメールをもらったのは初めてだった。記されていたのはずいぶん低い金額だったのでどうしたのかと思っていたら、フリーランス法の兼ね合いでメールが送られてくるようになり、手続き上、最低金額を書いているだけなのでご安心ください、と編集者から連絡があった。

 雑誌の仕事は基本的に口約束で、1枚いくらと決まっている媒体は別として、やる前にいくらもらえるのかわからずに作業を進めるのが普通だ。書籍の場合は印税率がだいたい決まっているので、発行部数がわかれば、いくらもらえるのかわかる。が、こちらも本を出す、出さないに関しては基本的に口約束で、大手出版社であっても出版契約書を交わさないこともある。

 私は40年近く何も考えずその慣例に従ってきたが、ほかの業界の感覚では、業務契約を証拠が残る形で交わさずに仕事を進めるというのは異様なのかもしれない。

 そういえば、別の版元から先々月だったか、原稿料を1割上げます、という連絡が書面であった。活字の書面だったので、私の原稿料だけを上げるわけではなく、寄稿者全員の原稿料を上げるようだ。

 やめるとか下げるということばかりつづいていたので、新鮮だった。

 JRAの賞金は、私の知る限り、上がることや横ばいはあっても、下がることなく推移している。

 今週末の菊花賞の1着賞金は2億円だ。10年ごとに遡ると、キタサンブラックがGI初制覇を遂げた2015年は1億1200万円、ディープインパクトが三冠目を獲得した2005年も1億1200万円、マヤノトップガンが勝った1995年も1億1200万円、ミホシンザンが勝った1985年は6700万円だった。

 もっと前の時代を、今度は古い順に見ていくと、シンザンが戦後初の三冠馬となった1964年は700万円、タケホープがハイセイコーを負かした1973年は3300万円、日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイが創設した栃木の鍋掛牧場生産のホリスキーが勝った1982年は6200万円、メジロマックイーンが勝った1990年は9800万円で、1億円を超えたのは翌91年、レオダーバンが勝ったときで1億500万円だった。

 つまり、1960年代の高度成長期からは景気に合わせて凄まじい勢いで上がり、1995年から2015年まで21年間も「1億1200万円時代」の踊り場がつづいたのだ。2016年に1億1500万円に微増すると、2018年に1億2000万円、2022年に1億5000万円、2023年に2億円に跳ね上がって現在に至っている。

 世界で初めて賞金総額が100万ドルに達したレースは、1981年に米国イリノイ州のアーリントン国際競馬場(当時の名称)に創設されたアーリントンミリオンだった。当時は1ドルが220円ほどだったので、総賞金は約2億2000万円、1着賞金60万ドルは約1億3200万円だった。

 私が初めて行った1990年もドル建ての賞金は同じだったが、1ドルが140円ほどだったので、総賞金は約1億4000万円、1着賞金は8400万円と、同年の菊花賞より低かった、ということになる。

 バブル期からしばらくは円が強く、ほかのどの国に行っても賞金が安く、そのかわり、いくら飯を食ったり買い物をしたりしても懐は痛まない、という感覚だった。強い日本を取り戻すことはできるのか。

 憲政史上初の女性首相となった高市早苗さんへの思いなどを書くと違う方向に行きそうなので、このくらいにしておきたい。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナー写真は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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