2025年11月13日(木) 12:00
嬉しい報せが届いた。
先週の日曜日に高知競馬場で行われた第21回黒潮マイルチャンピオンシップで、7番人気のグッドヒューマー(セ11歳、父ローエングリン、高知・打越勇児厩舎)が優勝した。
大外11番枠から妹尾浩一朗騎手を背に内に切れ込みながらハナを奪い、ゴール前で内と外から猛追されながらも逃げ切った。
通算成績は60戦21勝、2着9回、3着6回。もともとはJRAで走っており、2016年10月に東京で新馬勝ちした。レイデオロやアルアイン、スワーヴリチャードといった馬たちと同期である。
7歳だった2021年1月の2勝クラスで最下位の16着に終わったあと去勢されてセン馬となる。去勢明けの9月のレースでも最下位になり、高知に移籍した。JRA時代の成績は25戦3勝、2着4回、3着3回。獲得賞金5743万円と、自身のセリ取引価格の151万円を大きく上回った。
高知に移籍してからは35戦18勝、2着5回、3着3回と、勝率が5割を超えており、11歳になって重賞4勝目をマークしたのだから頭が下がる。高知での獲得賞金は8556万円と、JRA時代を大きく上回っている。
このグッドヒューマーの勝利がなぜ嬉しかったのかというと、本馬が新冠の武田牧場の生産馬だからだ。ハイセイコーの生産牧場である。
先月連載が始まった「ハイセイコー物語」の取材で私が武田牧場を訪ねたとき、そこに馬はいなかった。
4代目牧場主の武田洋一さんが2023年に亡くなり、武田牧場は馬の生産を終えることになった。正確に言うと、同牧場は人手に渡った今も存続しており、今後どうなるか私には読めないので、武田家による武田牧場での生産が終わった、という表現が正しい。
武田洋一さんは私よりひと回り以上若い1977年生まれだ。自身が病魔に冒されていることを知り、牧場にいた繁殖牝馬を売却したり譲ったりするなど行き先を決め、牧場を売って借金を返済し、2023年10月の繁殖セールまで頑張り、クリスマスに亡くなった。46歳だった。
このご時世、使うことをためらわれる表現だが、私はこれほど男らしい最期を迎えた人をほかに知らない。
(前述した意味での)武田牧場の生産馬は、2023年生まれの2歳が最後の世代である。
グッドヒューマーは先週の黒潮マイルチャンピオンシップで1着賞金1000万円を加算し、通算獲得賞金が1億4299万8000円となった。それにより、1993年のNHK杯など重賞を2勝したマイシンザンの1億3889万7000円を抜き、武田牧場生産馬のなかで歴代3位となった。
歴代1位は1980年代後半にダート戦線で活躍したフェートノーザンの2億4400万5000円。2位はハイセイコーの2億1956万6600円である。
ハイセイコーが走った1970年代前半は、今より遥かに物価が安く、GI級のレースも少なかった。史上初の「1億円ホース」となったのは1969年に天皇賞(春)を制したタケシバオーで、同年の毎日王冠を勝って獲得賞金が1億円を超えた。ハイセイコーは旧5歳時、1974年の高松宮杯を勝ったことで獲得賞金が1億9364万5400円となり、当時の中央競馬史上最高額となった。そういう時代の2億円オーバーが相対的にいかに高額だったかおわかりいただけるだろう。
主戦騎手だった増沢末夫さんをはじめとする関係者が「本来はダート馬だった」と口を揃えるハイセイコーが、ドバイやサウジなどの高額賞金レースがある今もし走ったとしたら、どれだけの賞金を稼いでいたことか。
それはあり得ないタラレバだが、物価の違い、すなわち賞金の違いだけに着目したらどうなるだろう。ハイセイコーが中央入りしてから勝った弥生賞、スプリングS、皐月賞、NHK杯、中山記念、宝塚記念、高松宮杯の今年の1着賞金の合計は(NHK杯はNHKマイルC、高松宮杯は高松宮記念とする)、弥生賞5400万円+スプリングS5400万円+皐月賞2億円+NHKマイルC1億3000万円+中山記念6700万円+宝塚記念3億円+高松宮記念1億7000万円=9億7500万円となる。
ほかに日本ダービー3着や、菊花賞と有馬記念での2着、地方時代の賞金などもあるので、高松宮杯とNHK杯がGIに格上げされて賞金が高くなったぶんがちょうど相殺されるくらいか。
ともかく、そのくらいの歴史的名馬に次ぐ歴代3位になったグッドヒューマーの頑張りは、大いに讃えられるべきだ。
今回は我ながらまともなことを書いた。が、時間をかけて丁寧に書いたからといって、それが必ずしもたくさんのアクセスや注目数に直結しないのが虚しい。
「ハイセイコー物語」は、ときどき注目数をチェックすると、ポツン、ポツンと増えている。賞味期限のあるものではないので、気の向いたときに、少しずつでも読んでくれると嬉しい。地方時代の様子、特にデビュー戦や、そこで手綱をとった辻野豊騎手(当時)について、これほど詳しく記したものは本邦初であることを付記しておきたい。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナー写真は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所
コラム
【新連載 ハイセイコー物語】誕生 /第1話
【ハイセイコー物語】野武士 /第2話
【ハイセイコー物語】入厩/第3話
【ハイセイコー物語】アクシデント/第4話
【ハイセイコー物語】初陣/第5話
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